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  • 執筆者の写真田中

探究学習に足りない「問われる体験」

更新日:2023年12月1日


最近、探究学習と呼ばれる形態の

授業やコミュニティを中心に

生徒と関わる事が多いのですが


そこで感じるのは、生徒の多くが

せっかく得た学びの機会を自分事として

還元しきれずに終わっている

(所謂、やりっぱなしで終わっている)事です。


学校では体験学習をしたあと

たいがいは振り返りシートを書かせて

ポートレートして残す(総合型選抜入試対策の

一環として残す学校が増えています。)

のですが、それでは足りないのだと思います。


というのも

そこで書かれる言葉はどうしても

就職活動におけるエントリーシートのような

他者に評価されることを前提にしたものであり


体験で得た学びなどを

いくら質問項目に従って書いても

そこに書かれる自分の姿は

取り繕ったものでしかないからです。


ここで足りないのは

信頼の置ける他者から問われる体験です。

「君は〇〇に興味があるの?」

こう問われて、子どもたちは始めて真剣に考えはじめます。


ぼんやりとした興味に対して

自分で自分を問いただしながら

取り繕う必要のない相手にだからこそ

正直に答えようとします


そこでは様々な答えが返ってきます。

「とりあえず〇〇が好きと書いただけで本当はよくわからない、、」

「〇〇ななんとなく好きだけど、なぜ好きかはわからない」

「まだ何も決まっていない」

「〇〇が好きだから将来はこんな大学に行きたい」

「〇〇は好きだけど、仕事にしたいとは思わない」

などなど、、


こうした答えに対して

また聞く側の人間が掘り下げた質問を投げる。

この繰り返しで始めて

子どもたちの興味は明確になっていきます。

これは、自問自答だけでは難しいプロセスです。


本当は学校でこのやり取りを

先生と生徒の関係ですべきなのですが

以前からここでも書いているように

先生達の業務量を考えると、

一人一人そんな時間をとることは難しいのです。


せめて、1クラスが15人前後の規模でしたら

体験と対話の両方を実践出来るのでしょうが

今の学校はあくまで講義型の授業を前提に

スケールされているので

そこまで求めるのは酷なのかもしれません。


しかし

このまま体験学習を推進しても

「色んなことをやっているけど、

何がしたいのかわからない主体性のない生徒」

が量産されていく気がしてなりません

(それでは学校改革前と何も変わらない。)


就活の面接とは異なる質の

「問われる体験」

これを如何に学校の学びに取り入れられるか

今後肝になっていくように思います。

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