教員不足と日本文化


崖っぷちの日本の教育

教員不足問題が深刻だ。文部科学省の調査によると、全国で2000人以上の「教員不足」が明らかになったという。担任を確保するた

www.nikkei.com

日経新聞の記事にもありますが

日本の教員不足が最近では度々ニュースで

耳にするようになりました。


学校の先生の仕事量の多さ、流動性の無さは

職種としては特筆すべき点で

なり手が少なくなるのも頷けます。


Twitterで「教員」と検索すると

匿名性の世界で学校でのトラブル、

仕事の大変さを嘆くTweetがあまりにも多く

正直、気が滅入るほどです。


今の時代、こんなTweetを見た学生は

教員にはなりたがらないでしょう。


そして、日経の記事にもありますが

こうした教育行政の機能不全の先にあるのは

日本の衰退です。


氏神信仰のような土着信仰を捨て

西洋化を目指した日本文化の終わりが

見えてきているのかなと個人的には見ています。


民俗学者の柳田國男さんは

おそらくはこのような終わりを見通し

農民や家、祭りといったものを官僚の地位から守ろうとした人ですが


彼のような人間の努力は失敗に終わり、

日本固有の文化は今もなお失われ(変化し)続けています。


文化は、教育とも表裏一体で

土着的な人間による組合的な意識、

集団で子供を育てる意識は

文化から来ているものと思います。

なので、この文化が薄れていった現代において

教育制度が衰退していくのは必然なのです。


今、教育について様々な指摘がなされ

制度などはある程度変わっていくのでしょうが

文化に対する認識が変わらない限り

根本的な解決には至らないのではないかと危惧しています。


ただ、これを変える力を持つのは

子供なのではないかとも考えています。

以下、柳田さんの引用です。


児童は私がなく、また多感であるゆえに、その能力の許す限りにおいて時代時代の文化を受け入れる。古く与えられたものでも印象の深さによって、これを千年・五百年の後に持ち伝えるとともに、いつでも新鮮なる感化には従順であった。そうして常に幾分か親たちよりも遅く、無用になったものを棄てることにしていたらしい。ことに国語のうるわしい匂い・艶・うるおいなどは、かつて我々の親たちの感じたものを、今もまだ彼らだけは感じているように思う。

『こども風土記』柳田國男

ここで述べられるようなこどもの他感性を

どのように守るか、

あるいはどのように放っておくか

このあたりが今後の日本教育を語る上での

肝になるように思います。